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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5896号 判決

原告 碧井義[王光]

被告 寺崎勝久

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の請求の趣旨及び原因は、別紙訴状及び第一準備書面(第二項後段の契約上の義務違反の点を除く)記載のとおりである。

被告は、請求棄却の判決を求め、訴状記載の請求原因事実のうち第一、第二項は認めるが、第四項の事実は争う。

被告は、債務者原田薫の提起した請求異議の訴訟で、三〇万円の元本と一九万円余の損害金を二三万円に減額する旨裁判上の和解をなし、全額の弁済をうけたので、強制競売の申立を取下げたものであると述べ、原告は、この事実を認めた。

〈立証省略〉

理由

原告が昭和二六年九月一九日、当庁昭和二五年(ヌ)第一〇八号不動産強制競売事件において本件建物につき競落許可決定の言渡をうけたこと、右競売事件の債務者である原田薫が競売申立人である被告に対し請求異議の訴を提起し、同月二〇日、強制執行停止決定の正本を執行裁判所に提出したため、競売手続が停止されたこと、被告が請求異議の訴訟で原田と裁判上の和解をし、債務名義の基本たる債権全額の弁済をうけて、昭和二八年三月二六日競売の申立を取下げ、これらによつて右競売事件は終了したものとして処理されたことは当事者間に争がない。

原告は、被告が競売の申立を取下げたのは不法行為になるといい債務不履行を構成するというが、こうした主張はすべてその理由がないものと考える。

(1)  債務名義の基本たる債権が消滅した場合には競売手続を続行すべきものではない。このことは競落許可決定があつた後も同様である。競売申立人が債権全額の弁済をうけた場合には、自発的に競売の申立を取下げるのが条理に合つた措置である。この場合にも競売法二三条を準用して、競落許可決定があつた後は競落人の同意がなければ申立を取下げることができないというように解釈することは、求めて事案の解決を複雑にするだけのことである。債務者は請求異議の訴を提起して申立人の認諾を求めるが、競落許可決定に対して即時抗告をするか、いづれかの方法をとらざるをえないことになるが、こうしたことは無用の業のように思われるのであつて、競売法二三条のような明文のない強制競売の場合には競落許可決定があつたからといつて、基本債権の消滅を理由とする申立の単独取下を禁ずべき理由はむしろ乏しいように思われるのである。もつとも、この点については異論があるだろう。現に大審院は、不動産の任意競売についてではあるが、基本債権が消滅した場合でも最高価競買申込人の同意がなければ競売の申立を取下げることができないと判示している(大九、三、一民二部判決、法律評論九巻諸法下九五頁所載)異論はあるにしても、債務名義の基本たる債権全額の弁済をうけた場合には、債権者は単独に申立を取下げることができるとする見解にも亦相当の理由があるのだから、こうした見地にたつて、単独で申立を取下げた債権者に不法行為の主観的要件である過失があるとすることは妥当でない。このことは成立に争のない乙第八、第九号証によつて明らかなように、執行裁判所も抗告裁判所も、被告のなした本件競売申立の取下は競落人たる原告の同意なくしてなされたものであつて無効であるから、競落代金支払期日を指定されたいという原告の異議申立を等しく排斥している事実に徴しても疑のないところであると考える。

(2)  競落許可決定に対しては強制執行を許すべからざるを理由として即時抗告が許されている。従つて、もし前記の競売手続が続行されたとすれば、債務者は債務名義の基本たる債権の消滅を理由として即時抗告をしたに違いない。そうすれば、原告に対する競落許可決定が取消されたであらうことも亦疑がない。原告は、所詮、本件建物を買受けることができなかつたものと推認せざるをえない。この点からみても、本件建物の所有権を取得したことを前提とする原告の本訴請求は全くその理由がないものといわねばならない。

(3)  強制競売において、実体的にみて売主の地位にある者は債務者であるから、「強制競売の申立人は競落許可を受けた競落人との関係では売買契約に於ける売主と同様の地位にあるものと解すべきであるから、被告は原告に対し自己の責に帰すべき事由に因り履行不能を来たしたものとして民法四一五条に依つても賠償の責に任すべきものである」という原告の主張も理由がない。

右のとおり原告の請求はすべて理由がないから主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三 藤本忠雄 長利正己)

別紙 訴状

請求の趣旨

被告は原告に対し金八拾弐万七千円也及びこれに対するこの訴状送達の翌日からこの判決弁済済みに至るまで年五分の割合に依る金員を支払へ

訴訟費用は被告の負担とする

旨の御判決を求め

仮執行の御宣言を願います

請求の原因

一、被告は、債権者として、自己の債務者であつた訴外原田薫に対し別紙目録〈省略〉記載の物件及他数棟の建物を目的とする不動産強制競売の申立を為し、御庁昭和廿五年(ヌ)第一〇八号事件として繋属中、同二十六年九月十八日の競売期日に於て原告は別紙目録の物件に対する最高価競買人となつて(別紙(イ)の物件の競買価格金六万壱千円也(ロ)の物件の競買価格金六万壱千七百円也)、壱割の保証金を執行吏に預託し、翌十九日執行裁判所から競落許可決定の言渡を受け、爾余の物件については被告自ら最高価競買人となつて同様許可決定を受けた。

二、然るにその翌日の同廿日、債務者たる訴外原田は被告を相手方とした請求異議訴訟を本案とする強制執行停止決定の正本を執行裁判所へ提出したので、その後の手続は停止されていたものであるが、該請求異議の訴訟は同廿八年三月十五日被告と右原田間で和解と成り、被告は債権額の一部弁済を受けて同廿六日示談成立を理由とする強制競売申立の取下書を提出したところ、執行裁判所はこれを受理した上強制競売申立登記の抹消を嘱託し、強制競売進行の基本たる債務名義を被告に返付されたため、原告は競落代金の払込をするに由なき事態となりしかも債務名義が被告に返付されてしまつたため、原告は競落人として異議抗告をする前提をも喪失するに至つたものである。

三、しかし乍ら、「不動産ノ強制競売ニアリテハ競落人ハ競落ヲ許ス決定ニ因リ其ノ目的物ノ所有権ヲ取得スルモノナルコト民事訴訟法第六八六条ニ照シ明カナルモノ」(昭和五年(オ)第二、三六三号同二六第六民事部判決評論二〇巻六号一八九頁)であり、そしてその所有権取得は競落許可決定の言渡(執行裁判所)又は送達(抗告裁判所)によつて直ちに効力を生じ敢えて確定を待たないものであつて、競落許可決定が抗告によつて取消されるか又は競落人が代金の支払いを怠つたときにこれを解除条件として競落人の所有権が消滅するに至るものであることについては通説判例の全く一致するところである。従つて大審院は、「強制競売ニ依ル競落許可ノ決定ハ民事訴訟法第六八八条ノ場合其他法律ノ規定ニ依ルノ外一旦与ヘタル競落許可決定ハ其ノ効力ヲ失フヘキモノニアラス競落許可決定後ニ於ケル競売申立取下申請ノ如キハ固ヨリ許スヘキモノニアラス」(明治三九年(ク)第四九号同四、二三大審院判決第十二輯六一二丁)と曰つているし、又最高裁判所は、競落許可決定のあつた後は利害関係人全員の同意がなければ競売申立の取下が出来ないこと、利害関係人の中には競落人も入るものであること(この判決は代金支払期日に代金を払はなかつた競落人でさへ仍ほ利害関係人に含まれるとしている)を判示しているものであつて(昭和廿四年(オ)第一三五号同廿八年六月廿五日言渡第一小法廷判例タイムス三十一号六四頁)、前叙の和解も競売申立の取下も被告としては競落人たる原告の同意を得た上でなければ為し得なかつたものである。それ故被告は原告に対し原告が本件物件を取得出来なくなつたことに因つて被つた損害を賠償すべきであるのは極めて明白であるところ、

(1)  被告は結局条件の成否未定の間にこれと牴触する行為をしたことになるから民法百二十八条に違反したものとして賠償責任があるものであり、

(2)  又強制競売の申立人は競落許可を受けた競落人との関係では売買契約に於ける売主と同様の地位にあるものと解すべきであるから、被告は原告に対し自己の責に帰すべき事由に因り履行不能を来たしたものとして民法四一五条に依つても賠償の責に任ずべきものである。

四、ところで、履行に代る損害賠償額は給付請求権が消滅したときを基準にすべきものであり(昭和廿五年(オ)第二七一号同二八、十二、十八、第二小法廷判決)、又不法行為に因り物を滅失毀損したときの賠償範囲は滅失毀損当時の交換価格である(大正十五年五、二二大審院連合判決-民集三八六頁)ことに照応すれば、本件に於て被告が原告に対して責に任ずべき賠償額の範囲は、被告が前記の和解及取下をした昭和廿九年三月を標準に算定されるべきであること疑いを容れないものであるが、

昭和廿九年三月頃に於ける別紙目録物件の交換価格は、(イ)は金七拾万円、(ロ)は金弐拾五万円を各下らないものであるから、(イ)(ロ)の合計は金九拾五万円であり、第一項に叙べた競買代金額(イ)六万壱千円(ロ)六万壱千七百円計金拾弐万弐千七百円を右金九拾五万円から控除した金八拾弐万七千円が乃ち被告の原告に対する損害賠償額であることに帰着するものである。

仍て右金額の支払を求めるため本訴に及ぶものであります。

原告第一準備書面

訴状請求原因の法律構成について左の補足をいたします。

一、競落許可決定に因つて競落人は競落物件の所有権を取得するものである(民訴六八六条)が、しかし競売申立の取下によつて競落代金の払込を為し所有権移転の嘱託登記を受けることが出来なくなつた以上、結局永久に所有権の権能を行使することが出来なくなつたものであり、言い換へれば競落許可決定によつて取得した原告の権利は被告の申立取下によつて消滅に帰したものである。ところで第三者が故意過失に因り債権の目的物を滅失させたときは不法行為となる(大審院大正十一、八、七判決刑集一巻四一三頁)、第三者が債務者と共謀して債務の履行を不能ならしめたときは不法行為が成立する(同上大正四、三判決刑録二十一輯二九〇頁)、婚姻予約中婦女と私通する行為は不法行為となる(同上大正八、五、一二判決民録二五輯七六五頁)旨の判例からすれば、被告の競売申立取下によつて本件建物の所有権を喪失した原告は右取下をした被告に対し不法行為を理由として損害の賠償を求め得べきであるのは理の当然であるから、原告は先づ第一にこれを主張するものである。

二、競落許可決定があつた後は競落人の同意を得なければ競売申立の取下は出来ないものである(請求原因に掲記した大審院、最高裁の各判例参照)。然るに被告は原告の同意を得ないで本件の取下をしたものであるから、これは原告に対する一つの義務違反であり、又民法第百二十八条の所謂当事者なる語は競売申立人にも適用又は準用あるものと解すべきであるから、相手方たる原告の利益を害したものとしてこれ亦一つの義務違反であり、更に本件競売期日に於て原告は競売申立事件の代理人との間に(乃ち被告の代理人との間に)右競売事件の目的物の中本件物件は原告が競落し爾余の物件は債権者たる被告が競落することの契約が成立し、原被告において一部づつ競落したものである。それ故被告が原告に無断で右の取下をしたことは契約上の義務違反とも相成るものである。仍て原告は本訴に於てこの義務違反(債務不履行)に因る損害賠償の請求を予備的に主張いたすものである。

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